大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(手ワ)1362号 判決

原告 井上富雄

原告 株式会社 大起

右代表者代表取締役 吉川仟吾

右両名訴訟代理人弁護士 岩本公雄

被告 北海道缶詰株式会社

右代表者代表取締役 宮崎吉次郎

右訴訟代理人弁護士 戸田謙

同 千田洋子

右訴訟復代理人弁護士 鍋谷博敏

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は原告井上富雄に対し金三五〇万円およびこれに対する昭和四六年二月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被告は原告株式会社大起に対し金三五〇万円およびこれに対する昭和四六年三月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告らは別紙手形目録記載の約束手形二通(以下本件手形という。)の各所持人である。

(二)  被告は本件手形を振出したものである。

(三)  原告井上富雄は1の手形を満期に、原告株式会社大起は2の手形を三月一八日に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

(四)  よって原告らは被告に対し各本件手形金およびこれに対するそれぞれ呈示の翌日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  右に対する認否

(一)  原告ら主張の(一)の事実は不知

(二)  同(二)の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)は争う。

三  被告の主張

(一)  (偽造の主張)

本件手形は藤木らの偽造によるものである。即ち被告会社本店は北海道にあり、昭和四五年一月より手形・小切手の振出は北海道でのみなしてきて東京営業所では一度も振出したことはなかったところ、東京営業所の一経理担当員にすぎない藤木弥三が長井順造・安藤某と共謀して本件手形を含む合計二〇通の手形を偽造した。振出人欄に押捺してある被告会社名の印および樋渡繁治の右側に押印されている印のいずれも被告会社が通常使用している印とは異なり藤木らが勝手に作った印である。また本件手形面上の受取人欄記載の「日本海外貿易株式会社」なる文字は藤木の筆跡である。藤木は被告会社に入社する以前二〇年余りにわたって銀行に勤務していた経験があるため、日本勧業銀行京橋支店に対し「被告会社の本店を東京にするため当座の開設が必要だ。」と称して開設させた。そのとき被告の登記簿が共同代表になっているため樋渡の印だけでは勧銀が応じなかったのに対し「北海道からすぐに必要書類を取寄せる」と云って手形用紙を貰ったのである。藤木らは本件手形を含む二〇枚の手形を振出す旨樋渡に報告したが、樋渡は銀行経験のある藤木を信頼しきっていたため、個々の手形を見なかったので金額も受取人も全く知らなかった。手形を振出して三日目に樋渡は勧銀から呼出を受け「二〇枚の手形は共同代表者の振出でないから要件不備で無効なのですべてあなたの個人責任になるので回収されたい。」と云われ樋渡は全力を尽して回収に努力し、一七枚は回収し藤木に手渡した。どうしても回収できなかった三枚のうち二枚が本件手形である。

(二)  (共同代表の抗弁)

(1) 樋渡繁治は被告会社とは一面識もない無縁の者であったが、昭和四五年頃当時被告会社の単独代表取締役であった宮崎吉次郎に対し「被告会社の製品である缶詰類を自衛隊に売込んでやるが、そのためには相手を信用させる意味で自らが代表取締役である旨の名刺と登記が必要である」と言葉功みに欺罔し右宮崎をしてその旨誤信させて、昭和四五年七月八日樋渡が代表取締役である旨の登記を宮崎をしてなさしめた。宮崎は登記をなすにあたり同人との共同代表である旨の登記も同時になした。

(2) 樋渡は被告会社から一銭の給料を貰っておらず、会社内の職務分担も全くなく、代表取締役といっても、全く実態を伴わない名目だけのものであった。約束手形を振出したことなど一度もなかったし勿論振出の権限も与えていなかった。

(3) 要するに、樋渡を代表取締役に選任したのは錯誤に基づくから無効であるが、かりに樋渡が代表取締役だったとしても、宮崎吉次郎との共同代表だったのであるから、樋渡単独名義で振出した本件手形はその効力がなきものである。

四  原告らの右三に対する認否および主張

(一)  被告主張の三の(一)の事実は不知。

本件手形は真正に成立した有効な手形である。

(二)  同(二)の(1)の事実中、樋渡が被告会社の代表取締役でありその旨の登記があることは認め、その余の事実は不知。

同(二)の(2)の事実は否認する。

同(二)の(3)は争う。

(三)  本件手形振出当時、被告会社の代表取締役について共同代表の登記がなされていたとしても、その代表取締役の一人であった樋渡は次のとおり被告会社の約束手形を単独にても振出す権限を与えられていた。即ち被告代表取締役宮崎吉次郎は昭和四五年一〇月頃樋渡に対し被告会社の経営権を金一億二千万円および裏金一億八千万円の合計金三億円で譲渡することを約し、その資金を樋渡に作らせるために樋渡に対し約束手形の振出権限を与えたものである。

(四)  仮りに右(三)の事実が認められないとしても、(1)被告会社は東京に支店を持って営業行為をしているが支店登記がなく、第三者が被告会社の本店を捜してその登記を調査するのは非常に困難である。(2)樋渡は本店で正式に代表取締役に選任されている。(3)樋渡は、専ら東京支店で資金繰りをしており重要な地位にあり、第三者は誰でも樋渡が東京支店で振出した約束手形が真正な手形であると信ずるのが通常である。

以上の次第であるから、原告らも右の事情で本件手形を真正な手形と信じて取得したものであり、樋渡が真正な代表取締役と信ずるにつき正当な事由があった。よって商法第二六二条を類推適用し、共同代表取締役の一人である樋渡の約束手形の振出についても被告会社は責任を負うべきである。いずれにしても、本件は被告会社の内部事情のために樋渡を代表取締役に選任したため複雑な法律関係を生じたものであり、第三者には全く関係ないものと思われる。従って対外関係では会社即ち被告会社は責任を取るべきである。

五  被告の右四の(三)および(四)に対する反論

(一)  原告ら主張の四の(三)の事実は否認する。樋渡が被告会社の約束手形を単独で振出す権限を与えられていなかった点は被告が前述したとおりである。原告らは「樋渡に対し、会社の経営権を金三億円で譲ることを約束しその資金を作らせるために約束手形振出の権限を与えていた」と主張するが、それは全く無意味な説明であり、かかる事は全く存在しない。

(二)  原告ら主張の四の(四)の事実は否認する。この点は被告が先に述べたとおりである。次に商法第二六二条の主張につき反論する。即ち共同代表の定めがある場合において、共同代表取締役の一人に「社長」または「頭取」というような単独で会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を付した場合に、商法二六二条の適用または類推適用が認められるとするのが通説・判例であるが、本件のように共同代表取締役が単に代表取締役の名称をもって単独で行為した場合には、代表取締役なる名称が法認のものであって会社が特に共同代表取締役なることを示す名称を使用させなかったことには帰責事由がないから第二六二条の責任を負うことなく、したがって登記公告のあった以上善意の第三者に対しても会社は共同代表の定めをもって対抗しうると解する。況んや本件の場合は、樋渡が共同代表取締役である旨の登記をなしたことも同人から欺されたためであるし、その代表取締役というのは実体を何も伴わない名称のみにすぎなかったし、その上樋渡が手形上に名称を出したのは本件手形がはじめてであるし、かつ樋渡が自衛隊への売込み以外の行為をなすことは固く禁じていたものであり、真の代表取締役である宮崎吉次郎が常日頃二〇数年にわたり「取締役社長」の名称で手形・小切手の振出は行なってきたものである。右事実に鑑みれば、本件には同法二六二条の問題が生ずるものではない。したがって本件手形は無効であり登記がある以上善意の第三者にも対抗できるものである。

第三証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。被告会社本店は北海道にあり昭和四五年一月からは手形・小切手の振出は本店でのみなしてきて東京営業所では一度も振出したことはなかった(従って手形用紙類およびその使用印も本社に返還した)こと。東京営業所は所長清水大八郎以下職員四名であり藤木弥三も同所に勤務し庶務等を担当していたこと。もともと被告会社は宮崎吉次郎が創立当時(昭和一七年)から経営し昭和三二年に同人が代表取締役になり三〇年間近く「取締役社長」の名称で業務執行してきたいわゆる同人のワンマン経営の会社であったこと。一方樋渡繁治は被告会社とは一面識もない者であったが昭和四五年三、四月頃右宮崎吉次郎に対し「被告会社の製品である缶詰類を自衛隊に売込むがそれには相手方を信用させるため代表取締役の肩書がほしい、右売込みが済んだら肩書を返す」と申入れ宮崎も右言辞を信じそれを了承したこと。そこで同年七月八日樋渡が被告の代表取締役である旨の登記と同人と宮崎は被告の共同代表である旨の登記を同時になしたこと。従って樋渡は被告会社からは給料を支給されず会社内の職務分担も全くなく代表取締役といっても全く実質を伴わない名目だけのものであったこと。そのため被告会社の約束手形を振出す権限は与えられておらずまた一度も振出したことなく被告会社の経営的行動は何らなさなかったこと。しかるに樋渡は右のとおり代表取締役の登記がなされるや資金(なんのための資金であるかにつき証言している証人樋渡および同藤木の証言部分はその内容自体からも、被告がその五の(一)で主張するとおり全く無意味な説明でかかる事は存在しないので、到底措信できない。)を作るために手形振出を藤木に指示した(この点樋渡と藤木のいずれが積極的であったかにつき両証言は矛盾していることにも問題は存する。)ので同人は勧業銀行京橋支店に当座を開き約束手形二〇通を振出したこと。右当座の開設と被告名義の手形振出については被告ないし宮崎吉次郎の許可は全然受けていないこと(この点につき許可を受けた如き証人樋渡・同藤木の証言部分は被告代表者宮崎の供述に照らし措信できない。)。右手形の振出人欄の記名印および代表者印は藤木が独断で作成して押捺しその他の手形要件も藤木が記入したこと。その手形を長井順三が割引のため他に持って行ったこと。しかし手形を振出して三日位して勧銀から二〇枚の手形は共同代表者の振出でないから要件不備につき回収せよといわれ樋渡らは回収に努力し一七枚は回収したこと。そのとき回収できなかった三枚のうち二枚が本件手形であること。藤木は前記手形の偽造事件で当庁刑事部において公判中であること。樋渡は他にも問題(一億五千万円の詐欺事件で現在公判中)を起し被告の代表取締役を解任され昭和四六年一月一三日に退任の登記がなされていること。以上の諸事実を認定することができる。≪証拠判断省略≫

つぎに原告らがその四の(三)において主張する「本件手形振出当時被告会社の代表取締役について共同代表の登記がなされていたとしても……その資金を樋渡に作らせるために樋渡に対し約束手形の振出権限を与えたものである。」旨の事実も、前掲証拠およびそれらにより認定した事実に対比して肯認できないものである。以上考察したところよりすると、本件手形は偽造されたものであるといわねばならない。

さらに原告らはその四の(四)において「(1)被告会社は東京に支店を持って営業行為をしているが支店登記がなく……原告らも右の事情で本件手形を真正な手形と信じて取得したものであり、樋渡が真正な代表取締役と信ずるにつき正当な事由があった。」旨述べ商法第二六二条を類推適用し被告会社は責任を負うべきことを主張する。そもそも共同代表の定があるのに代表取締役の一人が単独の代表者名義で約束手形を振り出した場合(本件の場合はまさにこれに該当する。)商法第二六二条の類推適用があるか否かにつき判断する場合には「右代表取締役が社長と称し会社の主宰者として行動している事実から単独の代表権を有するものと右手形の取得者が信じてこれを取得し、会社においても当時右代表取締役が社長と称して行動することを許容し、または黙認していた等の事情が存在する。」か否かを基準とすべきであると解されている。これを本件の事案につき考察すれば、前記認定のとおり、被告の真の代表取締役は宮崎吉次郎であり同人が長年にわたり単独で被告会社を経営しかつ「取締役社長」の名称で被告会社の手形・小切手の振出をなしてきたこと、一方樋渡は前記認定の事情で一時的かつ名目的に代表取締役の名称を与えられたもので被告会社の経営については何ら職務(缶詰類の自衛隊売込み以外は)を与えられず手形振出の権限も与えられていなかったというよりもこれを禁じられていたこと、しかも本件手形振出までには樋渡は被告会社の単独代表権行使の所為とみなされることは何もしていなかったこと、等の事情よりすると、本件事案には商法第二六二条の類推適用をなすべき余地はないといわざるをえない。従って右原告らの主張は本件手形が偽造であり被告に何らの責任がないとの前述の判断に全く影響ないものである。

以上の次第であるから本件手形は偽造のものであると認定できる以上、爾余の点を判断するまでもなく、原告らの本訴請求は失当として棄却を免れないものである。よって訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例